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立川からしだね教会 | 東京・立川の小さな教会 - 日本基督教団 西東京教区

立川の小さな教会(日本基督教団 西東京教区)

立川の小さな教会 立川からしだね教会

立川からしだね教会

日本キリスト教団 西東京教区

立川の小さな教会

立川駅徒歩10分

立川からしだね教会は、日本基督教団・西東京教区の開拓伝道のヴィジョンから生まれた教会(プロテスタント)です。

毎週日曜には、午前10:30からの朝礼拝の他に、西東京教区が主催する夕方5:30からの夕礼拝が行われます。朝礼拝の説教は立川からしだね伝道所の道家牧師が行い、夕礼拝の説教は西東京教区内の各教会の牧師が持ち回りで行っています。

※コロナ感染症対策のため、夕礼拝は、しばらく休止しています。YouTubeにてメッセージを配信しています。

また、祈禱会や聖書研究会、牧師面談日などの時間を設け、立川の地にイエス・キリストの福音を伝える場となっております。

教会について

メッセージ - 説教要旨

2024年03月24日(棕櫚の日礼拝)マタイによる福音書 21章1節〜11節「エルサレム入城」 道家紀一牧師

エルサレムというこの世の権力が詰まった町に住んでいる人々は口を揃えていいます。みすぼらしい主イエスの姿をみて「これはどういう人だ」と。穏やかではないからです。世の楽しみと権力を手に入れても、魂の平安と神の国への切符を手に入れられない人々の叫びです。それに比べて主イエスを迎えている群衆は違います。「この方はガリラヤのナザレから出た預言者イエスだ」と。この群衆が三日後には”心変わりする”と批判的な解釈がなされて来ました。ですが、救い主と明確に告白できなくとも、「預言者」として認める(気づく)ことから、救いの信仰は始まっていくのではないでしょうか。


2024年03月17日(受難節Ⅴ礼拝)マタイによる福音書 6章5節〜8節「主イエスを見出す道」 道家紀一牧師

主イエスは、具体的な祈り方についてお教えくださいます。異邦人とは本当の神を知らない人々という意味です。「父」と呼ばせていただけるような関係を作れていない者は、神への絶対的な信頼関係がないので、結果として、くどくどとした、言葉数が多い祈りになっているのだと。信頼関係がない間では空しい言葉がいたずらに飛び交うだけです。そういう祈りになってはならないと。神はすべてをご存じだから、祈らなくてよいのではないのです。全てをご存じだからこそ、なお一層わたしたちは、父なる神を信頼して、祈りをささげてゆくのです。祈りは「委ねること」でもあります。この方ならと信じて、祈るとき、思いもよらない神からの報いが与えられます。


2024年03月10日(受難節Ⅳ礼拝)マタイによる福音書 6章1節〜4節「神の報いと承認」 道家紀一牧師

善き業である施しをするにあたっては次のことを心がけねばなりません。「右の手のすることを左の手に知らせてはならない。あなたの施しを人目につかせないために」と。右の手のすることを左の手に知らせるなとは不可能です。それほどにして人の目には触れないようにすべきであるという意味です。信仰らしい演技は止めなさいの教えです。

そうすれば、隠れたことを見ておられる父が、あなたに報いてくださると。隠れた業とはこっそりとではなく、観客を呼び込むような施しは意味がないということです。世には、演技をして、賞賛を得ることを顧みない働きをしている人々がいます。そういう人が、神から永遠の命という何ものにも代え難い報いを、神から間違いなく授けられるのです。

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