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立川からしだね教会 | 立川の小さな教会 - 日本基督教団 西東京教区

立川の小さな教会(日本基督教団 西東京教区)

立川の小さな教会 立川からしだね教会

立川からしだね教会

日本キリスト教団 西東京教区

立川の小さな教会

立川駅徒歩10分

立川からしだね教会は、日本基督教団・西東京教区の開拓伝道のヴィジョンから生まれた教会(プロテスタント)です。

毎週日曜には、午前10:30からの朝礼拝の他に、西東京教区が主催する夕方5:30からの夕礼拝が行われます。朝礼拝の説教は立川からしだね伝道所の道家牧師が行い、夕礼拝の説教は西東京教区内の各教会の牧師が持ち回りで行っています。

また、祈禱会や聖書研究会、牧師面談日などの時間を設け、立川の地にイエス・キリストの福音を伝える場となっております。

教会について

メッセージ - 説教要旨

2019-07-07(主日礼拝)ヨハネによる福音書 1:19 - 28「神の救いを待ち続ける」

わたしたちの救い主はイエス・キリストです。このことは明らかです。しかし、始めの頃の教会では必ずしもそうではありませんでした。洗礼者ヨハネという偉大な人物に傾聴する人々もいました。ヨハネ福音書は、そのことを糾します。洗礼者ヨハネ自身が、「履物の紐を解く値打もない」と告白しているではないのかと。彼は、イエス・キリストが来られる前に、彼を迎えるために道備えをした人物に過ぎないと。この洗礼者ヨハネの遜りに倣うことを求めます。人は救い主(救い)を待ちますが、その待ち方を洗礼者ヨハネにみることができます。


2019-06-30(西東京教区の日礼拝)ヨハネによる福音書 1:14 - 18「躓きの中でこそ輝く光」

言葉は肉に宿った。天の神が一人の人間(ナザレのイエス)になられた、ということです。それは“入り込んだ”とか“乗り移った”ということではなく、神が、敢えて、必要もないのに、ちっぽけな人間の中にかたちをとられた、ということです。これを“神の謙遜”(へりくだり)といいます。神は罪のある世に来てくださったということは、人としての苦しみ悩み、辛さや弱さ、そしてなによりも罪を味わってくださったということです。十字架の上の叫び「神よ何ゆえわたしを見捨てられた」は、罪の極みを言い表しています。


2019-06-23(主日礼拝)ヨハネによる福音書 1:6 - 13「神の子となる資格」

神の救いは、圧倒的で一方的な神からの働きかけ=神の絶対恩寵から来ます。
しかし人は神の救いにいろいろな条件や資格を持ち込みます。人間的な立派さ、家柄や肩書き…、わたしたちの救い主イエス・キリストは、ガリラヤのナザレの大工のせがれ、風変りな男、ローマの反逆人として十字架の上で死刑に処せられた人です。人間としては最低最悪な生涯を送った人です。しかしこの方が、神から遣わされた神の子キリストでした。バプテスマのヨハネが証しする人はその方のことです。ただこの方=キリストを信じる信仰が救いの条件です。

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