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立川の小さな教会(日本基督教団 西東京教区)

洗足木曜日メッセージ

主イエスは、食事の席から立ち上がると、上着を脱ぎ、手ぬぐいを取って腰にまとわれ、たらいに水をくんで弟子たちの足を洗い始められました。そして、何と腰にまとわれた手ぬぐいで、汚れた足をふき始められたのです。今のような靴のない時代(粗末なサンダルによる時代)家へ入るときに足を洗うのは日常的な事柄でした。しかもそれは、一部では奴隷の仕事とさえなっていました。まして、特別な食事をするようなときに、主人(目上)が弟子(目下)の足を洗うということなどあり得ないことでした。

主イエスが、最期を前に示されたことは、神に近づくことにおける“謙虚”さでした。わたしたちは、どこかで勘違いをしているのかしれません。信仰を積み重ね、自分は神に近づいたと思えば思うほど、いつの間にか、尊大な気持ちになり始めていることに気づかないでいます。教会で、この世で、人々があまりしたがらない奉仕を、いつの間にか避けている自分がいます。聖書(福音書)の中でファリサイ派の尊大な姿を見て、彼らを批判しながら、その実、彼らと同じような有様になっている自分に気づかないでいます。

わたしたちが、自分の尊厳、自分の権利、自分の名誉がないがしろにされ、傷つけられ、憤ったときにこそ、腰にタオルを纏って、弟子の足を洗われた主イエスの姿を思い出したいと願います。わたしたちの主は、ご自分を裏切ろうとされている者たちの足を、膝をかがめて洗われたお方であることを思い起こしましょう。