• 042-512-8308
  • info@karashidane.tokyo
立川の小さな教会(日本基督教団 西東京教区)
2021年08月22日(主日礼拝)ヤコブの手紙 1章1節〜4節「信仰生活」 永瀬よしこ牧師

ヤコブ書は、信仰生活への助言を、書いた手紙です。主の兄弟ヤコブの名のもとに彼は、この手紙を書きました。それは、この手紙で異教の地で暮らす信仰の兄弟を励ますためでした。彼らの暮らすギリシア・ヘレニズム文化の地は、多神教の世界でした。キリスト者の教会は、こうした宗教世界において、常に誘惑(迫害)を受けていました。ヤコブは、これらの迫害を忍耐することを勧めます。そして、神により喜びの信仰に変えて頂くようにと伝えるのです。

2021年08月15日(日本伝道の推進を祈る日礼拝)ヨハネによる福音書 14章18節〜24節「主が内に宿ってくださる」 道家紀一牧師

主イエスの言葉と約束は明確です。主イエスを愛する人は、主イエスの言葉を守る人となる。すると、父なる神は、その人を益々愛してくださる。そして、さらには、父と子が、その人のところに来て、いっしょに宿ってくださるのだと。したがって、主イエスを愛さない者には何一つ救いの出来事は起こらないし、救いの信仰も与えられないのであると。主イエスが語る信仰とは、父と子が、わたしたちの内に宿ってくださるということです。そのことを起こさせるのは聖霊です。聖霊が注がれるように、祈り求めましょう。

2021年08月08日(主日礼拝)ヨハネによる福音書 14章15節〜17節「新しい霊の下に生きる」 道家紀一牧師

旧約の預言者エゼキエルは語ります。「わたしはお前たちに新しい心を与え、お前たちの中に新しい霊を置く。わたしはお前たちの体から石の心を取り除き、肉の心を与える。また、わたしの霊をお前たちの中に置き、わたしの掟に従って歩ませ、わたしの裁きを守り行わせる」(エゼキエル36:26~27)キリストが、父なる神に願って、遣わされる真理の霊は、今も、わたしたちのところに来て下さる、助け主であり、弁護者であり、慰め主です。多くの人が聖霊の支配の下、愛に溢れて生きられるよう祈り求めましょう。

2021年08月01日(平和聖日礼拝)詩編 4章2節〜9節「平和のうちに身をよこたえる」 道家紀一牧師

農夫は、一年間、暑い日も寒い日も労苦して畑を守り、待ちに待って「麦とぶどうを豊かに取り入れて」大きな喜びに浸ります。しかし、神の答えという実を待つ信仰は、それ以上の喜びを与えます。この信仰に至るとき、争いに満ちている一日に平和な眠りのときが来ます。「平和のうちに身を横たえ、わたしは眠ります。主よ、あなただけが、確かに、わたしをここに住まわせてくださるのです」と。ここに否定する気持ちはありません。すべてを神の御手の内にゆだね、今日一日を肯定し神に近づく上質な眠りがあります。

2021年07月25日(主日礼拝)ヘブライ人への手紙 1章5節〜14節「御子は天使にまさる」 平澤基幸牧師

御子イエス・キリストは、「天使にまさる」とヘブライ人への手紙は語ります。主なる神はすべての世界をお造りになられました。天使もまた神の御手の内に造られました。御子キリストは、この神の栄光の反映であり、神の本質の完全な現れです。したがって、御子キリストは、天使以上のものであり、神と同じ力をもって、万物(世界と人間)をみ言葉をもって支えてくださっています。地上に降り立たれた御子キリストは、そのために人々の罪を清められた後、今は、天にあげられて、神の右の座に就いて支配しておられます。

2021年07月18日(日本伝道の推進を祈る礼拝)ヨハネによる福音書 14章12節〜14節「神の願いにかなう人生」 道家紀一牧師

わたしたちは、主イエスを信じ、御名によって、様々な事柄を祈り願います。実に、自分でも驚くほどの願いや祈りがわき出てくるでありましょう。個人的なことから、世界の果てのことにいたるまで。しかし、本当にこの願いと祈りは、“キリストの名によって”祈り願ってもよいことであろうかと、一度よくよく考えてみる必要がありはしないでしょうか。自分を中心においた祈りは間違った自己肯定の危険性があります。神を信じる者はキリストを中心において祈るべきです。祈る目的を再確認し、祈りと願いを整えるべきです。

2021年07月11日(主日礼拝)ヨハネによる福音書 14章7節〜11節「神の御業を信じるとは」 道家紀一牧師

キリスト教信仰において、最大の躓きは“復活”です。復活抜きのキリスト教信仰というものが案外あります。それは、主イエスを父なる神と一つであると告白していないところから起こっています。主イエスは神です。父なる神と一つです。だから、復活は本当に起こったことなのです。この点をわたしたちは信じないと駄目です。いくら頭で理解しても駄目です。教理として知っていても駄目です、本気で、「主イエスは神です」と告白することに、神とのまことの出会いがあり、わたしたちの救いが始まります。

2021年07月04日(主日礼拝)ヨハネによる福音書 14章4節〜6節「人生を分からせてくださる方」 道家紀一牧師

救いと真理の道は命に至る道であると主はいわれます。命の原点は神です。わたしたちが今生きている地上の命は、神の命=永遠の命から来ています。人間がどこから来てどこへ帰ってゆくのか、という問題と繋がっています。問題となるのは、地上の命から再び永遠の命の世界へ行くことが難しくなってしまっている点です。すなわち罪の問題です。罪を重ねて、永遠の命の世界へ帰れなくなってしまっているわたしたちのために、主イエスは溢れんばかりの愛の御業をもって、再び帰る道を示してくださったのです。

2021年06月27日(主日礼拝)エゼキエル書 18章25節〜32節「新しく生きる」 永瀬よしこ牧師

預言者エゼキエルの伝える「信仰共同体のイスラエル民」の神の愛に立ち帰るまでの歴史的流れの体験を通し、いかに神は常に、私たちを愛し寄り添ってこられたかを、確認することができ、最終的には、御自分の大切な御子主イエス・キリストをこの世に遣わされ、人の罪を贖うために十字架にかけられ復活されるという愛を示されたのです。ですから預言者エゼキエルの語る神の声「お前たちは立ち帰って、生きよ」は、深い神の愛で私たちを今も励まし続けるのです。

2021年06月20日(日本伝道の推進を祈る日礼拝)ヨハネによる福音書 14章1節〜3節「心を騒がせず信じなさい」 道家紀一牧師

キリスト者にとって信頼すべきことは、地上にあっても、なおさら、天上にあっても、“主イエス・キリスト”は、わたしたちと共にいてくださる、ということです。誰かを信じたとき、その人との関係が始まります。わたしたちの人生の歩みは、ほんとうに信頼すべき方と共に歩むことによって、いっそう確かで真実なものとなります。キリストは、その信頼を約束する、間違いのないお方です。